高齢者の運転事故ニュースを見るたびに蘇るあの頃。

前橋市で起こった85歳老人の自動車事故。続く高齢者の自動車事故。この手のニュースを見る度に10年前の苦い記憶が蘇ります。

およそ10年前の、あの時私は、疲労困憊してました。
どうして私の父親はこんなに頑固なのだろうと何度、怒りや悲しみで疲れ果てて泣いた事か・・・。
心労で私が先に逝ってしまうんじゃないだろうか?何度も思いました。
そんなに疲れ果てていた私ですが、近くに住んでいない兄(在米)にとっては他人事でした。それもストレスでした。

「危ないから運転を止めて」「人様に、万が一、小さい子供に、危害を加えてしまったらどうするの?」
聞く耳を持ちません。昭和ひとケタの男は頑固で加えて切れやすい自己中だ。
母は運転が出来ないので、運転する事によって、自分の存在意義を抱いていたのかもしれません。

「俺の片手をもぎ取る気か!」そう怒鳴り散らしました。
とにかく、父親の怒鳴り散らす声や怖い顔が大嫌いで、見たくありませんでしたが、万が一誰かを・・・と考えると夜も眠れませんでした。
ネットで色々検索するも、止めなかった家族が悪い、キーを隠す、色々書いてありましたが、見るたびに疲れました。
ふと、もし運転を簡単に止めてくれる「説得屋」のような人が居たら、多少お金を払ってでもお願いしたいと思いました。
本人が納得する形で止めさせてくれる、説得屋さんがいたらどんなに助かるだろうかと本気で考えました。
説得屋さん、具体的な症例を見せて納得させる。そんな職業があればいいのに。


父親が74歳の頃でした。車の後ろにキズが目立ち始めていました。認知能力が著しく低下している事は明らかでした。
実家は高台なので、運転が危ないと感じました。マニュアル車だったので、アクセルとブレーキを間違える事は、オートマ車に比べて確率的には低いものの、坂道でクラッチを上手く踏めない場合は、後ろに下がってしまいます。かなり急な坂なので、急に下がっていく様を想像すると恐怖でした。

当時私は、職場の近くに住んでいました。

74歳それ以前から父の車に同乗するのは、心臓に悪いので、自分が運転していました。兄は平気で迎えに来てもらってましたが・・・。

車の後ろ、横に小さな傷が出来てきて、何回か、バッテリーが上り、近所の方にチャージしてもらうも又同じことを繰り返していました。
そのころからかなり認知能力が低下していたのだと思います。とっさの判断が出来なくなっていました。

父の運転が最後になったのは、とある雨の日でした。
家から車で3キロほどの平坦な道で車が停まり、雨の中一人で車を押す父親を、心優しい女性が手伝ってくれていたそうです。
(車のトラブルの際に電話をするよう登録してあった保険会社に電話をせず、自分で当てもなく車を押す行動もかなりおかしいのですが・・・。)
その光景を目にした近くのディーラーさんが、雨の中急いで自分のお店まで誘導してくれたそうです。
その方から電話を貰い、その日の出来事を聞きました。お店に出向き、とりあえず、車とキーを預かってもらい、暫く車を運転出来ない環境を作りました。

身から出た錆だからでしょうか、車が没収された事に対しては文句は言いませんでした。そして歩いてそのディーラーさん、温泉と行ったようですが、遠いと愚痴っていました。しかし、そんな出来事があっても、運転を止める気にならないのです。幾ら説得しても、怒鳴るだけで何の解決にもなりませんでした。

手紙を書いたり、何度も不毛な押し問答を続けるも効果が無く、流石に私も疲れ果て、父に電話で直談判しました。
どうして運転を止めないのかと、なんで私をこんなに苦しめるんだと。涙声で訴えたと記憶しています。

 

暫くして、母から電話があり、「決めた、止める」と言い放ったそうです。母が確認すると男に二言は無いと言ったそうです。

随分と長い道のりだったように感じました。ご近所の方が父親が運転をしていない事に気付き、「運転が危なかった」と報告してくれました。
事故を起こす可能性は無くなったけれど、車の無い彼らの生活を何とかしないといけないと思い更に行動しました。引っ越しです。

車の運転を止めたら、平地に移動するという案は既に伝えてあったので、父の趣味である、温泉と囲碁を優先し、車に乗らずに生活できる場所を探しました。以前父が単身赴任していた所にいい物件がありました。
両親を連れて見に行くと、母がとても気に入りました。人の通りも多い観光地です。実家から車で2時間、私のアパートから1時間程の所です。
早めに契約を済ませ、母72歳父75歳でマンションに引っ越しました。高台の実家はとりあえずそのままに冬の間だけでもと言う事で引っ越しました。

温泉もあるそのマンションでの生活は、最初はとても順調の様でしたが、入居1か月で母親にしわ寄せが来ました。

認知機能が著しく低下していたであろう父と慣れないオートロックのマンション暮らしに母が参ってしまいました。

マンションには、何につけ口うるさいひとり暮らしのおばさん(旦那さんは単身赴任と言うか別居?)、いちいち口を出しておしゃべりが止まらないご老人がおり・・・。

その中で唯一母と気が合いとても良くしてくれたおばあさんのあっけない死・・・。

短期間に色んな事が起こり、頼みの綱だった母が不眠に陥り、急に痩せ精神的に参っていきました。
近所の病院で処方された安定剤で更に病状が悪化し更に痩せてしまいました。
それでも父は自分ではオートロックも開けられないのに、相変わらずの傍若無人振りでした。

わずか3か月後、母が入院する羽目に・・・。

ほぼ同じころ
ご近所に住む母のお友達の旦那さんは、73歳で、奥さんはまだ運転して欲しかったらしいのですが、自分で、もう危ないと思ったらしく免許証を自主返納したそうです。更に、お孫さんがそのことを作文に記し、内閣総理大臣賞を貰ったそうです・・・。

どうしてこんなにうちと違うの?涙が出ました。ほんとちょちょぎれました。

結局両親共、高台の家へ戻り、更に私も母親にダメージを受けさせた懺悔の念もあり、結婚してないのに出戻る事に・・・。

母が入院している間、朝出したお茶を父が自分の太ももにこぼし、大したことは無いだろうと仕事に行ったら、思いの他重傷で、昼間様子を見に来てくれた叔父が病院に連れて行ってくれました。

色んな事が次々と起こり、私自身も相当ダメージを受け、仕事を辞める決意をしました。

その頃は、疲れていたというのもありますが、仕事を辞めることにより、何か事態が好転するだろうと漠然と思ってしまったからです。実際は、共倒れの入口だったのかも知れませんが…。

しかし、運良く母方の叔父と叔母(介護仕事の経験あり)が仕事は辞めたらいけないと、色々カバーしてくれました。帰りの遅い日は、夕飯を作っていてくれ、父親を温泉に連れ出してくれました。
お蔭で現在も仕事を続けられています。

という風に、父親の認知機能低下に伴い、色々な事が起き始めていたのです。

高齢者の事故のニュースを見るたびに、自分の苦い経験が蘇ります。
あれ以降健康を害してしまった母は、「それでも、運転を止めて貰って良かった」と言います。
万が一大きな事故を起こしていたら、もっと悲惨な事になっていたでしょう。
私も、大枚をはたいてしまいましたが、それでも父が事故を起こさなくて良かったと思います。

今思い出しても、本当に苦しい時期でした。
高齢者の悲惨な事故のニュースを見る度に、当時を思いだし、何か良い手立てはないものかと考えます。
昭和ひとケタの男はかなり手強いです。だからと言って絶対に運転をさせてはいけません。

近所の兄の同級生のお父様は、一昨年83歳まで運転をされていたそうですが、やはりあちこちに車の傷があったそうです。
息子さんたちがやはり運転を心配され、3人のお子さんが住む東京へ引越されました。あっという間に家も取り壊され、現在は新しい家が建築中です。
田舎から東京への引越しは、ご両親共80過ぎては大変でしょうが、仕方無かったようです。
今年年賀状の返事が来て、何とか頑張っているとの事でほっとしました。
皆さん口には出しませんが、各家庭いろんな問題を抱えているのですよね。

まだ認知機能が低下する前に、本人が納得して運転を止める事が出来たらどんなによいでしょうか。
運転を止めても生活できる環境、買い物難民にならない環境、趣味も出来て、病院にも自由に通える環境。

求めたらキリがありませんが、子供がいない独身の私は、平地に居を持たねばならないと思うと同時に、認知機能が落ちてきた時に、安楽死に対して色々選択ができるようになっていて欲しいと切に願っています。

先に書いた“説得屋”さん、このような職業が出来て欲しいです。わたしと同じように親の運転に悩んでいる人は沢山いるはずです。なんとかして、運転を止める仕組みを作って欲しいです。

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